2023年5月に行われた「データサイエンスカフェ」では、「ベイズ統計を用いた考古学研究の実践 ―日本考古学とアンデス考古学―」をテーマに、学士課程基盤教育院の白石哲也准教授と、人文社会科学部の松本剛教授にお話をいただきました。データサイエンスカフェ終了後、お2人に考古学を志したきっかけや共同研究をする理由、データサイエンスとの関わり方について、お話しを伺いました。
本インタビューをきっかけに、白石先生と松本先生が進めてきた「魚醤」の研究に当センター長の奥野先生も加わることになり、2023年8月に行われた「第2回山形大学異分野交流学会」ではお三方のご発表が学長賞を受賞しています。
聞き手・奥野貴士 山形大学データサイエンス教育研究推進センター長(2023年5月10日実施)
学問領域にこだわらず、幅広い分野と協働
大学生の頃、漠然と考古学に興味はありましたが、海外で研究をしたいと思っていました。そんなとき、国立科学博物館で開催されたシカン文化※1の発掘展が転機になりました。シカンの名付け親で、後に僕の指導教官になる島田泉先生の監修でした。なんとこの展示、たった1つの貴族の墓からでてきたものだけを頼りに社会全体を語っていました。でも、学際協働※2にもとづいて詳細に分析すれば、驚くほどたくさんの情報が得られるんです。たとえば遺体の骨学分析からは、性別や死亡年齢はもちろん、死因や体格、病歴、栄養状態までわかりますし、墓から出土した金属製品を冶金技術の専門家が分析すれば、どのような技術をつかって作られたかのみならず、職人たちがどのような生産体制のもとで仕事に従事していたのかまで推測することができるんです。完全に魅了されてしまった僕は「この先生につきたい!」と思って、アメリカの大学にいる先生に手紙を書きました。最初は断られたんですが諦めきれなくて渡米し、学部4年生に編入。初めてお会いしたとき、先生はまさかアメリカまで来るとは思っていなかったようで驚いてましたね。授業や課題論文で高評価を得ることで、発掘に同行させてもらえるようになり、大学院に進学して研究室にも入ることができました。
※1 ペルー北部沿岸で9世紀~14世紀に栄えた文化※2 複数の異なる学問領域が協力し合うこと
考古学を本格的に志したきっかけが、学際的研究だったからか、今でも自分の専門外の分野や技術は積極的に導入したいと考えています。例えば、LiDARやドローン空撮、フォトグラメトリーなどを駆使して遺跡の三次元地図を作るとか、早い段階から取り入れてきました。はじめは全然わからなかったりもするんですけど、一から勉強して、ある程度理解できるようになったら専門家と協働します。共同研究するにも、評価はできないといけませんから、自分にも知識は必要です。大変なことではあるけど、幅は広がります。(松本先生)
先史時代の食事と健康を紐とくカギはウンチ?
小学校低学年のときに、テレビ番組の「世界ふしぎ発見」をみて、面白そうだと思い、考古学を目指しました。その後、大学進学時に浪人していた時、佐原真先生(考古学者)の本を読んだのですが、それが面白かったんです。佐原先生は弥生時代の研究者ですが、自分は佐原さんの本を読む前に、「史記」や「孫子」、「論語」を読んでいて、時代もリンクするというところにも興味を持ちました。そこで、日本の私立大学で最も早く考古学専攻を設立した明治大学に進学することにしました。
学部生の頃に、弥生時代の研究を目指していました。弥生時代は、食の変化がとても面白い時代で、今も継続しているテーマになります。その後、大学院は首都大学東京(現在の東京都立大学)へ。都立大は、実験考古学など、日本では非常に珍しい取り組みをしている研究室でした。今も実験や民族調査を行っているのですが、その基礎はこの頃に学んだところになります。
今は、先史時代の食と健康を繋げたいと思い、研究を進めています。食物をつくり、食べ、出す(排泄する)ところまでの一連を、栄養学とかDNAとかの研究者にも入っていただいていて分析しています。最終的には、先史時代に生きた人たちの健康状態を知りたいですね。その点でも、ウンチはすごく大切。日本全国の排泄物の化石を調べていてデータベースにしています。件数としては1000もないくらいで、そこまで多くはありません。ただ、病気とか寄生虫のチェックをして、今すごく関心を持って取り組んでいるテーマになります。(白石先生)
着任後、すぐに意気投合。まずはなんでもやってみる
僕は白石先生より少し前に山形大学に着任していましたが、白石先生が着任されたときに飲みに誘っていただいたんですね。それ以来、堅苦しくなくカジュアルに仲良くしています。どちらも国境を越えて共同研究をしてきた人間だからオープンマインドなんです。白石先生はいつもなにかあればすぐに提案してくれます。僕は発酵文化に強い関心があるんですが、それを知った白石先生が「今度、魚醤の研究をするので一緒にやりませんか?」と誘ってくれて、研究チームに加わりました。山形の飛島には絶滅寸前の魚醤があり、現地調査に赴きました。2024年3月末には研究成果をまとめた本が刊行になります。(松本先生)
今後の科学技術発展から期待できる発掘作業の効率化
発掘作業というのは本当に大変で、膨大な手間と時間、費用がかかります。また、筆や竹串などで繊細に作業することもあれば、ツルハシを使って豪快に掘り進めることもあります。近未来を舞台にしたある映画のなかに、まったく掘らなくてもどこになにが埋まっているかを三次元映像で知らせてくれる超高性能の地中探査機が出てきました。今でも地中レーダーを使うことはありますが、わかるのは「このあたりに何かがある」という程度で、それが何であるかまでは教えてくれません。あんな風になにがどこに埋まっているのかをピンポイントで知らせてくれるような機器が登場しないかなあと妄想することがあります。(松本先生)
「文理融合」という言葉に考えること
学生の頃、研究室にいると、よく「なんで研究室にいるんだ?」と言われました。発掘や現地調査などフィールドに出て、とにかくいろいろなモノをみてこい、ということです。また、考古学を専攻した学生は考古学だけ、データサイエンスを専攻した学生はデータサイエンスのことだけをしていればよいかといえば、決してそうではないと思っています。わからないことを知るためには、たくさん勉強しなければならないし、経験も積まなければなりません。そこに、学問分野というのは関係ないと思います。一方で、自分自身が原点に立ち返られる場所もまた必要で、それが学問分野であり、自分にとっては考古学です。(白石先生)
人類学の基礎を築いた人たちというのは、地理学や物理学、医学の勉強をしていた方だったりします。それまでにない学問分野を新たに作り出した人というのは、みんなある意味でジェネラリストだったのでしょう。もちろん特化した専門はあったわけですが、それ以外にも目を開いているから新しい学問体系を作ることができたのでしょう。そもそも「おれ、文系」とか、「わたし、理系」とか言って、自分の守備範囲を限定してしまうのって、とても残念なことじゃないですか。教員間でも、学部や分野に捉われずに協働して、そういう姿勢を学生に見せていければと思います。(松本先生)