私たちの身の回りにはおびただしい数の微生物が存在していますが、それらは目に見えないだけではなく、その多くは育てることすらできません。それでも、微生物同士や、ほかのもっと大きな生物と一緒に生きることで、自然界で大きな役割を果たしています。2023年10月に行われたデータサイエンスカフェでは、「生物間の見えない関係をひもとく」という演題で、山形大学理学部の横山潤教授にご講演いただきました。講演後、横山先生に研究を進める上でのデータサイエンスとの関係や今後の可能性について、お話を伺いました。
聞き手・奥野貴士 山形大学データサイエンス教育研究推進センター長、石川彩香 講師(2023年10月25日実施)
植物が好きな気持ちの先にあった研究者の道
実家は自然豊かな場所にありました。父は植物を栽培するのが好きで、自分も植物が好きでした。自分が見たことのない植物がたくさん載っていたので、図鑑を見るのも好きでしたね。また、植物だけでなく動物にも興味があり、「どちらも好きなら、関係性の分野を研究してはどうか?」と、大学院でアドバイスをもらい植物と昆虫の関係の研究を始めました。
その後、東北大学に着任したのですが、実は仙台は植物学的にも面白い場所です。例えば東北大学植物園は、伊達家の水源かん養林で本来の森林のシステムがそのまま残されています。また、仙台は、ブナの林ができるには夏がやや暖かく、一方でシイやカシの常緑樹林ができるには冬が寒過ぎるため、他所では珍しくモミとイヌブナが林をつくっています。モミと菌類というのは密接に関わっていて、そこから「菌類と植物の関係も面白そうだな」と思いました。植物は菌類に炭水化物を与え、菌類は周囲から吸収した窒素やリンを植物に与えています。研究者によっては、その共生関係がなければ、植物が陸に上がることはできなかったのではないかという人もいるくらいです。
研究手法の進化で得られる情報量が増加
昔は植物を経時的に詳しく観察するのはとても大変でした。今でも基本は変わりませんが、現場で撮影した画像を解析して非破壊的に形態を測定したり、長時間のタイムラプス撮影することで、開花の開始から終了にかけて形がどのように変化するかとか、どのような昆虫が訪花したのか調査したり、さまざまなことを効率的に調べられるようになりました。私の師匠の時代には、簡単にDNAの塩基配列を調べることもできなかったので、海外の標本と形を比較したりしながら、植物の研究を進めていたわけですが、DNAを解析できるようになり、得られる情報が格段に増えました。特に微生物を分析する上では、DNA分析はなくてはなりません。そして、DNAの塩基配列を解読する装置・シーケンサーも日々進化しており、一度に分析できる検体数や、解読できる長さも格段に増えました。
まだまだ未知な分野を、どのように補完していけるのか
次の世代のシーケンサーでは、現在では判定できない情報を読み取れるようになったり、より正確な分析が可能になったりするでしょう。現在のシーケンサーでは塩基配列の部分データを組み合わせて、ゲノムを再構築していますが、今後、技術が進み、限られたデータから全体を推測して生き物の復元ができるとか、生物間相互ネットワークといった生き物の関係性が解明できるとなれば素晴らしいことです。そういう面で、AIは重要な貢献をしてくれるのではないかと期待しています。
例えば、人間とバクテリアの関係の全容が分かれば活用方法も広がると思います。「あるバクテリアが腸内にいると長生きする」ということが明確になったら、それをプロバイオティクスで投入するとか、そういう活かし方もあるかもしれません。
これまでに様々な研究を重ねて、いろいろなことがわかってきていますが、それでも現在までに判明していることって、実は大したことはないと思っています。バクテリアも現在までに数万種が判別されていますが、もし何十億種もいるのだとしたら未知な部分がほとんどなわけですから、研究の先はまだまだ長いですね。